【うすくちエッセイ】


「デジカメ! 投身自殺図る!!」

 エエーーーッ?!!
その時私は、確かにデジカメが自らの足で走り出すのを見た。
 それは、残暑きびしい9月のある真っ昼間。
家族で小旅行に訪れた和歌山県の「串本海中公園」に、海に突き出た「海中展望台」というのがある。
最新式グラスボートを楽しみ、ゴッキゲンになった私達は、その展望台を目指すべく桟橋を進んでいった。
入り口への階段を降りかけたその時、静かな海に突然
「ガンガラガーンッ!」
派手な金属音が響き、足元でキラリ、銀の物体が光った。
そしてそのまま、どうやって細い柵の隙間をくぐり抜けたのか、はるか下方の海面目指してヒュウゥーーーーッ!…… と弧を描き、
「ぽっっっちゃぁーんブクブクブク…… 」。
「……………………………………あれ…… デジカメ?」
顔を上げて兄を見ると、その手首にヘンなヒモが虚しく絡みついている。
「デジカメが、海に、落ちた」
兄は非常にわかりやすい状況説明をしたあと、ブチ切れたストラップの端を見ながら「こんなことってある?」と呟いた。
しばらく桟橋の上から海を見下ろしていた私たちは、ギラつく太陽にかすかに光る海の底の物体を凝視し、
あまりのショックに大笑いを始めた。

 そんなことも、あるのだ。人生、いつ何が起こるかわからない。
あの時、デジカメは確かに、自らの意志で海に飛び込んだのだ。
きっと、あまりにも串本の透明な海が気持ちよさそうだったんだろう。
購入して一年も経っていないのに、まだボディもピカピカだったのに、
わざわざ「あの場所」でストラップが突如切れ、どう見てもくぐり抜けられなさそうな柵の隙間を「シューッ」と滑ってすり抜け、
ぜったいに拾うことが不可能な深い岩場へと沈んでいったのだ。とても偶然とは思えない。
デジカメは『泳げ!たいやきくん』の世界に憧れたのか、どうしてもあの海で余生を送りたかったに違いない。
京都市内には海がないから、チャンスを伺っていたんだろう。「今だ!」って思ったんだろう。
ほら、岩の隙間に収まったデジカメは、なんともいえず満足げな顔をしているではないか。

 まあいい。もうどうしようもないんだから。「帰ったら買えば済むことさー!!」と大口たたいた私だった。
 しかし、だ。よく考えると、私達、ビンボーなのよねー。
新しく買ったばかりの大容量スマートメディアまで一緒に沈んだのよねー。
どうすんの……。

 旅行から帰り、デジカメなしの生活は考えられない(……んなワケないが…… )ということで、
有り金はたいて新しいものを購入することにした。
さんざん検討した結果、「落ちないデジカメ」に決定……そんなモンはないが、
やっぱり前より使い勝手のいいのが欲しいということで、けっこうお高い品をこの度購入した次第である。
 ああ、しばらくは質素な生活を心掛けるとしよう。
みなさん、今一度、お手持ちのカメラストラップの安全点検をして下さい。
そして、カメラ本体は常に両腕で包み込むように、「ギュッ!」と抱き締めていてネ。

(’00年10月)



  エッセイインデックスページへ戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送