【うすくちエッセイ】


「真のロッカーは選挙に行く」


 中学生の頃、「ロックに生きてやる!」と胸に誓った。
世間の波にのまれてたまるか。群れに流されるもんか……。
そんな思いばっかりで頭の中が満たされていた。
 なんなんだこの世の中は。
これが流行りだと誰かが言ったら喜んで飛びつく、
学校に行けば、連続ドラマかアイドルの話ばっかり、
やればやるほど嫌いになるような授業を受けるために、
天気のいい日も雨の日も、年がら年じゅう小さな机の前にへばりつかねばならない、
そうやって受験戦争を生き抜き、知るべき事も知らぬまま、
最終的に行き着く先は金目当てなんじゃないのか?
大衆の人生は、みな狂った方面に向かっているとしか思えなかった。
もっと本当に活き活きと生きられる、充実した人生があるはずだ。
私は、絶対にこの流れからはみ出そう、
たとえ一人きりでもいい、なんとかして流れに逆らって生きよう。
病んだ世の中に背を向け、本物のロッカーになるのだ。
 そんなことを、本気で思っていたのだった。

 当時の私は、ハードロックを聴きながら、
ロッカー達の世間を斜めに見るようなカッコ良さに惚れ込んでいた。
ハードな音楽と表現方法で、世の中に何かを訴えるその姿勢。
「惚れたはれた」ばっかりの浅はかな音楽なんかバスドラ一発で吹っ飛ぶ、
脊髄に響くような激しさ。
頑なで、信念に満ちたエネルギー。
 あの格好もそうだ。
革ジャンは軽薄な欲望に動じないというストイックな精神を、
手首に巻いた鋲は世間一般との戦いに挑む決意を、
振り上げた拳は常識を叩き割ってやるという意思を表明するものなのである。
(このように決めてしまっていること自体が、
 本来はその精神から外れているのだが、それについてはまたの機会に……)

 こんなこと言っている私はというと、
実はそんなモンから全くかけ離れていた。
学校の出席状況は極めて良好、成績もべつに問題なし、
鋲付きリストバンドを常にはめていたわけでもない。
ごく普通の、どこにでもいる奴だった。
ロックに生きようと息巻いてはみたものの、
いったい何がロックに生きることなのか、それがわからないでいた。
 とにかく何もかもに逆らえば、それでいいのか。
ただ反抗することが戦いなのか?
いや、違う。
中学生といえど、そんな単純な考えには行き着かない。
根底に確かな哲学を持ったアウトロー、それがロッカーではないか?
図書館でヨーロッパ哲学者の伝記を読みあさっていた私は、
そんな力強い人間像に強く憧れていた。

 挫折というものは突然やって来る。
 それは数年後のある日、ふとした日常のシーンだった。
その頃、連日のように「消費税」という言葉が世の中を横行していた。
テレビで、街頭演説で、
消費税の導入の是非についてやんややんやと訴えているのが、イヤでも耳に入る。
躍起になる世間の人々を見て、私は「フン!」と鼻を鳴らした。
勝手に騒げばいい、なにしろ私はロックに生きるんだから。
世間から顔をそむけ、口笛を吹いていよう。
 そしてそのうち消費税導入が決定。
明日からスタートです、というニュースキャスターの声が世間に響き渡った次の日、
私は買い物に行った。
そしてそのレジで、なんと!
一円玉を探している自分がいたのである。
それまで、一円玉をこんなにまで探したことなどなかった。
そんな中途半端な合計金額など滅多になかった。
だが、どうだ。
買い物をするたび一円単位の数字がつきまとい、私を翻弄するのだ。
ロックに生きるはずの私が、
国会で決められた事柄に従い、こうして一円玉を一生懸命に探している。
なんということだ……。
 私はこの時、
日本という国で自分が生きているとはどういうことなのか、
初めて思い知らされた気がした。
アウトローであっても、政治は直接的に関わってくる。
ここで生きている以上、ここの環境を切り離して生活はできない。
もちろん、どこへ行ったところで同じ。
自分を取り巻く環境は、生きることそのものを直撃する。
「ロックに生きるって、なんて難しいんだろう……」
一円玉をチャリ、チャリと払いながら、
それがどれほど困難なのかを実感した私だった。

 ロックに生きるとは、ただはみ出す事ではない。
本当の自分の道を真剣に探すこと、
そのためには何を守り、何を壊すべきか、
それを判断するための哲学を持ち、臆することなく前進する、
それがロックスピリッツではないだろうか。
自分の置かれている環境を冷静に見つめ、
この社会というものに積極的に関わるべきではないだろうか。
自分が生きるために、人々が生きるために、
この社会をもっといい方向に変えたい。
それなら政治家になればいいかというと、おそらく違うだろうと言わざるを得ない。
現状を見る限りでは。
ではいったい、どうやったらその原動力になれるのか。それが難しいのだ。
政治と民衆を繋ぐものは、悲しいかな非常に少ないように思える。
そんな中、政治に関わる唯一の機会が「選挙」なのである。
とても頼りなく細いパイプではあるが、
とにかく一番身近なパイプであることには違いない。
投票に行ったところで、何か変えられるわけではないかも知れない。
いや実際、たいして変わらないだろう。
しかし、選挙に行くという行為は、
自分が政治に関わろうという意思表示なのである。
だから、投票用紙に何も書かずに帰ってもいい。
とにかく、自分は政治に関わる心づもりがあると世に告げるのだ。
やるべきことをやろうではないか、ロッカーならば。

 幼き隠れアウトローはこの時、心に決めた。
「選挙権を得たら絶対、選挙に行く」。

 この世の真のロッカー達よ、選挙に行こう。
純真な若者達が、
紙ッペラに書かれた問題の点数競争に青春を吸い取られることなく、
心を奮えさせる美しい音楽に耳を傾けられる環境を作るために。
金より大事なことを、
誰もがじっくり時間をかけて考えられる社会にするために。
 そしていつか日本が、もっと生に充実感を持てる場所となるために、
ロッカーに出来ることは何か。
選挙に行ったその先で考えてみたい。

     (2002年2月)





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