【うすくちエッセイ】


「母に捧げるバラッド ・ チンプン編」

 大切に思う人ほど、失うのが怖くなるのは、たぶん当たり前のことだ。
母を亡くすことがどれほど恐ろしかったか、とても書き表すことなど出来ない。
母との別れが、予想より早くやって来た。

 元気いっぱいの63才だった。
突然の病で、あっと言う間に私の目の前から消えた。
 生まれた時から、私をまっすぐに見つめ続けてくれた母。
いつどんな時でも、決して目をそらさずに私と対面してくれた。
 そんな母だから、私の作る作品をなんでも一番に見てくれ、そして一番褒めてくれたものだ。
誰より私を応援してくれる、完全なる味方だった。
 そんな存在があることの心強さにガッシリと支えられながら、私はここまで人間性を蓄積してきた。
深い愛情を常に確信していられることが、人間にとってどれほど恵まれた環境か、
それを考えただけで、私はこの運命の前に跪きたくなる。
ひとりの素晴らしい女性と、これほどまで深く関わることができた喜びに、私の胸はいっぱいに満たされるのだ。
今までの私の環境こそ、私にとっての最大の奇蹟だったに違いない。
 母の死から約4カ月、その寂しさと引き換えに、私はたくさんのことを得た。
私の中に生きる母の存在がどんなものか、それを改めて見つめ直す時、母はまた私に多くを教えてくれる。
 今私は、母があらゆるところに生きているのを感じる。
幻のように、ただ心の中に揺らめいているのではなく、私という人間が出来てきたその過程に、確実な実感を伴って生きている。
 だから、勘違いしてはいけない。今、寂しいと感じているのは、母ではないのだ。
寂しいのはすべて「私の思い」だけなのだ。
しかし、自分の心にはいつも母がいる。実際に存在している。
それならば、寂しいという感じ方を少し考え直さねばならないはずだ。
私の心は、母の肉体が消滅したことにとらわれ、本当の母の存在を見つめられなくなっているのかも知れない。
寂しいと感じる必要など、きっとどこにもないのだ。
あるはずだと思い込んでいた母との「これから」が、実際にはなかったという真実をもう一度しっかり認識し、
翻弄されることなく生きて行こう。
母もきっと、賛同してくれるだろう。


 まったく“子バカ”だが、母は本当に素晴らしい人だったと思う。
数十年も一緒に暮らしてきた私から見ても、イヤな点さえほとんど見当たらない。
その中でも、私にとって一番ありがたかったのは、母が私という一つの人格を常に尊重してくれていたことである。
私が母のお腹の中にいる時からずっとだ。
「親としての責任」と、「一人の人間との関わり」とを明確に分け、愛情たっぷりに私を独り立ちさせてくれた。

 幼い頃、私は母の胸の完璧な安心感の中でスヤスヤ眠った。
思春期には、人生の先輩として的確なアドバイスを私にプレゼントしてくれた。
そしてどんな時も、最終判断はすべて私に委ねられた。
母は私の手を取りながら、私に自分の足で歩むやり方を教えてくれた。
すべてを自分の責任において、自分の生き方で、自分の足で歩くやり方を。
 そんな母だから、私は物心ついた頃から今まで、母に命令口調を向けられたことが一度もない。
母は私を、いつも同じ目の高さに据えてくれていたのだ。
決して私の上になったり、下になったりすることがなかった。
一見、外から見れば「甘やかしている」ように思えるかも知れないが、
小さな子供を相手に、ここまで人格の尊重を徹底できる大人は少ないのではないだろうか。
母は、まったく親そのものでありながら、人間同士として私との距離を一定に保ち続けた。
それが出来る人間に対し、私は尊敬の念を抱かざるを得なかった。
私から見た母は、威厳のオーラが輝く存在だったのだ。
厳しささえ、優しさに変える術を持つ、本当の優しさを知っているひとだった。

 だからこそ、一方では、私にとって母は親愛なる友人でもあった。
一緒に話していて楽しい女性であり、もちろん教えられた事のほうが莫大ではあるが、
今ではかなり、お互いを高め合える有意義な関係を築いていたと思える。
 そんな母のもとに生まれてきた私は、なんて運のいい人間なんだろう。
あまりにも恵まれすぎなのではないだろうか。
亡くなったから感じるのではない、成人した頃ぐらいからは特にそう実感し、よく日記にも書き記していたものだ。

 実は、母はすさまじいほどの苦労を経験してきた人間だ。
本人はあまり口にはしなかったが、
短いエピソードを繋ぎ合わせると、幼い頃からの母の人生における苦悩がいかに重く大きいものだったかを想像できる。
私が物心ついてからも、母はさまざまな苦労に直面してきた。
しかし、母はそれらを覆すほどの威力を持って、イキイキと笑顔で生きた。
どれほどの苦しみも悲しみも、すべてプラスに変換させていくことを実践した。
前を向いていれば、必ず前に行ける。
たとえ後ろに感じても、それは確実に前なのだ。
そのことを、母は身をもって示してくれた。
 だから、母の顔を思い出す時、私の頭にはどうしても笑顔しか出てこない。
こんなにも輝かしい時間を、涙で濡らしては失礼だ。
私は前に歩ける。それを実践できる自信が、今の私にはある。
 母と過ごした大切な時間を、ため息でくもらせないために、私はこれからも笑って生きていく。
ありがとう、という一言を、母に負けない笑顔で天に贈ろう。
きっとどこかで、母も笑って見てくれているだろうから。


 大好きな私のお母さんへ。平成12年10月


「母に捧げるバラッド ・ ちょっとは冷静編」もよかったら読んでネ。



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