※ 内容はほぼノンフィクションではありますが、なにしろ10年も前の事ゆえ、
記憶が定かであるとは限りません。
会話の一字一句までの再現は不可能なので、御了承のうえお読みくださいまし。



■■■誰の参考にもなりません。これが我がライターへの道■■■




●あまりに簡単だった、その入り口●

「フリーライターになりたいんです。どうしたらなれるんですか?」
何度こう聞かれたことだろう。

「さあ…どうなんですかねえ」
……なんと不親切な答えだろう。

べつに意地悪で言っているのではなく、参考意見を述べにくい我が状況なのだ。
もちろん、ある程度の一般的な方法ぐらいなら説明できる。
しかし、私自身が一般的な道を歩んでいないため、
説得力のない言葉になってしまうのだ。

私がどうやってライター第一歩を踏み出したか。
簡単に言うと、新聞の求人を見て応募したら、なれたのだ。
なれてしまったのだ。

普通ならたぶん、
履歴書での書類審査、面接、作文、漢字の筆記試験…等々…、
文筆業への適正を見極められる段階を超えて、
やっとライターという職業につくものではないだろうか。

もしくは、何かの文章が誰かに認められて採用されたり、
経験豊かなライターの弟子になるというケースもあるだろう。

しかし、な〜んにもなかった。
問われた事はただひとつ、
「あなた、ヤル気ある?」
だった。


●これぞ、運命の出会い

クラシック唱法の子守歌で育った私は、
ひらすら音楽の道だけを目指して生きていた。
幼い時から好奇心のカタマリのような人間だけれども、
仕事にするのはただひとつ「音楽」と、固く心に決めていた。

詞を書き、曲を書き、デモテープを作り、
一大決心をして、あるプロデューサーさんにお会いするため東京へ行った。

デモテープを聴いてもらっている最中、私は自覚してしまったのだ。
自分の本当にやりたい事が出来ない、いや、出来ていない決定的な理由を。
「私には人生経験がまったく足らない」
だから、中身の重さを持つ歌詞が書けない。
こんな中途半端な言葉しか今の私には書けないという事実を、
私は知ってしまったのだ。

それまでの自分の人生で、最大の“挫折”だった。

帰りの新幹線で、私はつぶやいた。
「もっと生きよう。がむしゃらに生きてみよう。何もかも本気でやってみよう」
すべては、それからだ。


(ここまでのお話は
「創作への本能的情熱」コーナーの
「書シリーズ その1」に少し書いています)


帰宅したその日、まずやった事。
それは、収入の手段を探すことだった。
自分の生活を自分で組み立て、そのうえで音楽の勉強をしつつ、あらゆる経験を積む。
そんな理想を胸に、何はともあれ求人広告を見てみようと新聞を開いた。

そこで、見つけたのだ。
「旅行情報誌レポーター募集。未経験者OK」
おっ! なんだか珍しい求人だ。
こんな職種、地元の新聞に載るようなモノなのかあ…。

まあ、旅行情報誌といってもいろいろある。
地元の小さなフリーペーパーだとか、サークルの会報だとか、社内報などなら、
ここ京都でも作っている所はたくさんあるだろう。
そういうものの制作時に発生する、いろんな雑用を任されるバイトなのかな。

とにかく興味津々だったので、さっそく電話してみた。
「新聞の求人を見たのですが……」
「ハイハイ、じゃあとにかく説明会に来てください。ガチャン」
……アッサリ。

まぁとにかく、説明会に向かった。
道中、私は期待と緊張でドキドキしまくっていた。
思えば昔、すごい憧れを抱いていたものだ。

あれは学生時代のこと。
『るるぶ情報版』という雑誌がJTBからシリーズで発売され、
旅行大好きな私は、しょっちゅう本屋で手にとって眺めていた。
友人と旅行に行く時は必ず購入し、隅から隅まで読んで情報を集めた。
そしていつも思っていた。

「もし音楽の道を目指さないなら、『るるぶ情報版』なんかの記事を作る人になりたいなぁ〜」
いろんな所へ旅して、写真を撮って、それを本にする。
ああ〜なんて素晴らしい仕事なんだろう!!!
まさに私の憧れだわぁ〜☆

まあ、本当に『るるぶ』を書く人になるなら、
東京へ行って編集部とかに入社しないとダメだから、無理な話だけど。

しかし、もしかしたら今から、
それにちょっとでも近い仕事ができるかもしれない。
「旅行情報誌レポーター」……んん〜一体どんな仕事なんだろう???

そんな事を思いながら、説明会会場に入った。
緊張でガチガチのまま席についたその時、
信じられないモノが目に飛び込んできたのだ。

JTB発行 『るるぶ情報版』

机の上に置いてある本のタイトルこそ、まさにコレだった。

「んがぁ?!」
ウソやろぉ〜? 人生、そんなウマイ事いくかってんだ。
「きっと参考資料か何かで、たまたま置いてあるだけに決まってる…」
そう自分に言い聞かせて興奮を抑えていた私に、
追い打ちをかけるように社長さんが言った。

「コレ、うちで作ってる本です」

「んんががぁ〜?!」
その時の私の顔を隠し撮りしてたら、きっとオモシロ写真になってたぞ。
運命だ。まさに運命の出会いだ。
私の心は喜びで踊り狂った。
これがどういう運命なのか、この時は知るわけもなく。



●説明会で「帰ってください」とは、コレいかに●

説明会会場はけっこう広く、30人以上の人が集まっていた。
誰もが緊張の面持ちで、社長さんの話に耳を傾けていた。

「とりあえず、どんな仕事なのかを説明します」
それはだいたい、次のような内容だったと思う。

まず、一人で一週間ほどの取材に行ってもらいます。
写真も自分で撮ってきてもらいます。
取材日については日当を払います。
そして、その取材をもとに記事を書いてもらいます。
これはページ単位で原稿料を払います。
取材範囲は、西日本すべて。静岡から沖縄までです。

要約すれば、こんな程度の説明だった。
そして、こうおっしゃった。
「無理だと思った人は今すぐ帰ってください。ヤル気のある人だけ残ってください」

え? イキナリ帰れって言われても、帰るわけないやん……。
しかし……。

ゾロゾロ……。
なんと、20人ぐらいの人が帰ってしまったのだ。
残った私を含む10人ほどの面々に向かって、社長さんはさらにおっしゃった。
「この中で本当にヤル気のある人だけ、履歴書を置いて帰ってください」

もちろん、置いてきた。
「説明会って、こんなもんなん???」
ちょっとイメージとは異なっている気もしたが、
とにかく私の頭は『るるぶ』が書けるかも…という喜びにただただウカれ、
スキップしながら家路についた。

まもなく、家に電話が入った。
「会社で詳しい説明会をするので、ヤル気があったら来てください」

ヤル気……すでに何度となく発せられたこの言葉。
そうなのだ、後でこのキーワードがどれほど重要なものかを私は知ることとなる。


●文章? そんなもん小学生程度の作文が書けたらええ●

前回の説明会は、公的施設の大きな会議室を借りて行われたものだった。
今回はいよいよ、自社での本格的な説明会である。
さあ、ついに面接&試験なのだろうか。
とにかく、地図を片手に会社へ向かった。

「ここ……か?」
指定された場所には、普通の一軒家があった。
よく見ると、郵便受けには確かにその会社名が書かれている。
おそるおそるドアを開けてみる。
誰もいない。

「こんにちはぁ……」

すると、二階から声が聞こえた。
「は〜い、スリッパ履いて上がってきてくださぁ〜い」
「はぁ……お邪魔しますぅ」
パタパタパタ……。
「こ、こんにちは……」
「あ、どうぞ社長室へ」

そこにいらした社員さんらしい人が、
仕事の手を止めることもなく笑顔でそうおっしゃった。

社長室に集まったのは、5人。
30人以上いた人は結局4人に減り、他のルートから1人が参加、という状況だった。
おわかりだと思うが、選ばれた4人ではない。
自主的に残った4人だ。

「では、仕事内容をもう少し具体的に説明します」
その主な内容は上記とほぼ同じだったが、
かなり覚悟のいる仕事だな、という事だけは確信できた。
どうやら、バイト感覚ではできそうにない。

そしてまたもや、こうおっしゃった。
「それでも本気でヤル気ある?」
「ハ、ハイ」
ハイとしか言えずじっとしていると、さらにこう。
「正直、ヤル気のない人は迷惑だから帰って欲しいのよ」

私は思った。
この会社は、少なくとも怪しい業者ではないだろうと。
もし怪しい業者なら「帰るな、帰らせないぞ」という態度に出そうなもんである。
呼び出しておいて、これだけ「帰れ、帰れ」とおっしゃるのだから、
信用しても良さそうだと、そう思ったわけである。

そして一人ずつ、社長さん自らが「あなたはヤル気? あなたは?」
とお聞きになった。
「はいっ。やらせてくださいっ!」
もちろん、そう答えた。ええ答えましたとも。

「じゃ、みなさんやってもらいますね。
さっそく、ちょっと外に出て写真撮ってきて」
は?
今ですか?

「いやぁ〜この仕事はねえ、写真が問題なんですよ。
え? 文章?
そんなもん小学生程度の作文が書けたらええねん」

え? ってアンタ、
こっちが「え?」ですわいな。
いちおう「文章が書きたい!」という燃えるような情熱を持ってここへ来たのに、
“そんなもん”って今、言いました? 言いましたよね?

膝関節がカックリと折れ曲がってしまった私に、
一眼レフカメラが渡された。

「そこらへん歩き回って、適当にシャッター切ってきて。
フィルム一本分ほどね」

何だかわからんが、とにかくドッシリ重いそのカメラを首からぶらさげて、
近所をグルッと歩きながら36枚ほど写真を撮った。
会社に帰ってフィルムを渡すと、社長さんは言った。
「あなた来週、取材に行ける?」

な、なんだこの展開は。
言っておくが、私は“完全なる未経験者”である。
やったことないんですよ、ご承知ですか?
何ができる人間なのかさえ、何も伝えてはいないのだけれども、
来週どうやら取材に行くらしい、この私が。

「行きます」
ええ、ええ、行きますとも。
こうなったら、もうやるしかないでしょ。何をやるのかはよくわからんのだが。
「じゃあ編集会議の時に呼び出すから、がんばってね」

とにかく採用、というべきかどうだか、
ライターという職業をやることに決まった……らしい。

しかし、このスバラシイまでのスピード感あふれる展開は、
以後、数年もの間に渡って続いてゆくことになる。
数日もたたないうちに、さっそく呼び出しの電話がきたのである。


●出発までの全力疾走●

ドキドキの編集会議初体験。
「今回やってもらうのは『るるぶ福井』です。あなたの担当は10ページ分ね。
そうねえ、5日間で取材してきて」

・・・
さてここで問題です。
初めての取材って、どんな感じだと思われますか?
しつこいようですが、完全な未経験者による取材、ですよ。
ちょっと想像しておいてくださいね。
・・・

トントン進む会議の内容は、まさにマスコミ業界らしき響きに満ちていた。

「○○町ではこんなグラビア用写真を撮ってきてください。
必ずキリヌキしやすいようにブツ撮りすること。
外観写真はカクハンです。
データを一覧表にして最終ページにひっぱるので、
項目漏れがないように。
特別なテーマの特集ページがあるので、各自、関連資料を集めて、
データも忘れずにとってきてください。
もちろん関連する写真も要ります。
人入り、人無し、両方くださいね。
あと、コラム用のインタビューをお願いします。
情報を持ってそうな人を探して、いろいろ聞いてください。
コラム先行で進めたいので、取材後すぐにラフを渡します。
原稿とポジを揃えて提出してください。
当然ですが、できる限り新鮮な情報を盛り込めるよう、
現地でのナマ情報をしっかり収集してきてくださいね」

こんな感じである。
何だかわからんまま、渡されたノートに必死で書き留めた。

今回、新人ライターは私ともう一人。
「この二人、写真はどう?」
「う〜ん、まあちゃんと撮れてるほうやね。いけるでしょ」
そんな会話が、部屋の隅で交わされていた。
先日イキナリ撮影させられた近所の写真が、品評会にかけられていたのだ。

「じゃあ、この二人に取材の手順を教えてあげて」
社長さんにそう言われたベテラン編集者Aさんは、
ニコニコしながら「ハ〜イ、わかりましたぁ〜」と平和な声で答えた。
なんだか、とってもいい人みたいだ。

「それじゃ、こっち来て。今から私が市役所の観光課へ電話するから見ててね」
そう言って、Aさんはサラサラッと観光課の担当者とのアポイントをとった。
「こんな感じ。じゃ電話してみて」

あ…わ、私でございますか。
「ハイ、ではか、かけます」
緊張しながら受話器を握りしめ、何とか今聞いたように喋ってみた。
しどろもどろだったが、ま、アポイントはとれたようである。
ホッ。
「そうそう、そんな感じ。じゃ、取材のスケジュールがちゃんと決まったら、
他の町の役場にも電話かけておいてね」

スケジュール……じつはこれが難しい。
担当する地域を、所定の日程でいかにうまく回るか。
そんなもん、最初からわかるわけもない。
「5日だけなんだし、こう回ればいいじゃん」
編集者Aさんはそう言いながら、地図や交通機関をチャッチャと調べて、
一瞬でおおよそのスケジュールを組み立ててくださった。

まぁ〜なんとテキパキとした作業の進め方!
思わず見とれるほど、素晴らしい進行だった。
後でわかったのだ。
ここで手間取っているような人には、この仕事は絶対に無理だということを。

「電話が済んだら呼んでね」
そう言ってニコッと笑うと、Aさんはにわかに真剣な顔になってパソコンを打ち始めた。
う〜ん、プロフェッショナルなお姿。憧れるなぁ……。

そんな事を言っているヒマもなく、とにかく電話を済ませて次の手順だ。
「この表に取材物件をリストアップしてみて」
観光物件、レジャー物件、食事処、お休み処、宿泊施設、
それぞれまんべんなく紹介できるように、
おおよその取材対象を挙げておくのだという。

「いちおう挙げておくけど、現地で情報をゲットしてどんどん差し替えるのよ。
最新情報も必ず入れてね」

「じゃあ次。そうねえ、一回、原稿でも書いておこうっか」
とりあえずここに記事を一本書いてみて、と、
ここで初めて文章というものを書く時がきた。

時間がないので、15分ほどで何とか一本の記事を書いてみた。
「あ、いいよ。こんな感じでオッケー」
アッサリと認められた。

「じゃあ、家でこの『るるぶ』ぜんぶ読んでおいてね。リストアップもしておいてね。
あ、カメラの説明書も読んでおいてね。
旅行の用意しておいてね。
そうそう、初めてだから、泊まる場所も予約したほうがいいかもね。
一泊の予算は4000〜6000円。考えておいてね。
お疲れさまでした〜」

へ? 終わりですか?
「あ、明日も来る?」
「はぁ来ます」
「じゃ2時頃に来てください。さよ〜なら」

とりあえず言われた事を全部やって、次の日も会社へ行ってみた。
「あ、いらっしゃ〜い。今回の取材、最初Bさんが同行してくれるから、打合せしておいて」
「はい、よろしくお願いします」

お若いながらもプロフェッショナルな雰囲気の編集者Bさんは、
今回はライターとして同じ本に携わるそう。
「3人で出発するから、とりあえず待ち合わせは朝の9時○○駅ね」

ああ、3人で行くのかぁ〜良かったぁ。
どうなることかと不安いっぱいだった私は、この言葉を聞いてホッと胸をなでおろした。

「じゃあ明日の準備しましょう」
そうなのだ。もう出発は明日なのである。
「コレ手板とデータ用紙。10ページだから…100枚で十分ね。
コレがポジ袋とチャック袋。
フィルム10本、カメラとストロボ、予備の電池も買っておいてね。
あと、取材ノートと書類、資料、見本誌を忘れずに。
カバンはこういうのがいいよ。靴はいくらでも歩けるものをはいて来てね。
で、名刺100枚ね。
名前のところにハンコ押して持ってきて」

そう言って、名前欄が空白になっている名刺100枚が手渡された。
「ハンコってなかなか乾かないから、早めにやっておくといいよ」
早めって、出発は明日である。
「何かわからないこと、ある?」

何かって……何もわからない。
でも、Bさんがすごく頼りになりそうな、すごくいい人って感じだったので、
なんとかなりそうな気がした。
「じゃあ、会社の電話使って、宿泊の予約して帰るといいよ」

私はもう一人の新人・S子さんにコソッと尋ねた。
「どこ泊まるか、決めた?」
「うん、私の行くとこ、すごい田舎みたいでさあ、
民宿がいくつかあるだけやから、そこ予約するわ」
S子さんはそう言って、サッサと民宿に電話し始めた。

何だかこの人もすごくしっかりしてらっしゃるようで、
何にも動じない雰囲気の持ち主だった。
よし、私も見習おう。
ビジネスホテルやサイクリングセンターなる施設へ電話をかけ、
4泊分の予約を済ませた。

「お金は社長さんから預かって帰ってね。
じゃあ明日、がんばりましょうね〜」
Bさんのその言葉を聞いた他の編集者さんたちが、次々に声をかけてくださった。
「あ! 明日から初取材? がんばってや〜」
「何日行くの? 気を付けてな〜」
「しっかりね〜。いってらっしゃーい!」

なんだか、この声が優しくて心強くて、
妙に嬉しかった事を覚えている。
よう〜し、私は今からライターとしてがんばるのだっ!!
気合いで我が身体はパンパンになり、背筋がゾクゾクしてきた。

「みなさま、行ってきまっす!」

怒濤のような翌日のことなど、この時は知る由もなく。








次項……


■■■めくるめく旅行情報誌ライターの夜明け■■■

●初めての取材は “かりんとう” の香り●
  ……へ続く。








文/湧月りろ


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